ゆるゆるな毎日♪

日々あったことを綴ります。

色々なかたち。

お正月に帰省した時に母から雑誌を幾つか譲って貰いました。

その中に気になるタイトルの物があったのを思いだし、今日は本ではなくてその雑誌を読む事にしました。

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昨年末に出版された『最も捨てたいのは、夫!』というタイトルが好評で今年も夫に纏わる物を特集したそうです。(それも読みたかったです 笑)そこには、色んな夫婦の姿があり、勉強させていただきました。

★一緒にいることが幸せで仕方がないと感じさせるご夫婦。(木皿泉さん×妻鹿さん)

が一番理想的だなぁと思いました。

お二人は仕事を通じて出会い一緒に作品を作るうちに自然と一緒に暮らすようになったそうです。そして結婚をされたのは50代。私は一緒に仕事をして心地が良い人とは相性も良いと思っています。しかも、一緒に何かを作る作業ができるということは、譲り合う。認め合うことができる証。自分にとって何が心地良いのか分かっていらっしゃったこと。絶対に結婚するんだ!という焦りがない状態。どれにも私にはない要素だなぁ…。と思いました。

ですが、共通点もありました。

二人で暮らし始めて、ごはんを食べることが楽しくなったことです。

これがなくなったら、気持ちが完全に冷めたと言ってもいいかもしれません。

そして、勉強になったこと。

木皿さんは脳の病気で倒れられた時に救急車を呼ぶことを拒否したそうです。それに対して妻鹿さんが『このまま死んだら一生恨む』と言い、最終的には観念されたそうです。

その後オペになり、その間、妻鹿さんは色んな可能性を想像し、『木皿さんが生きてさえいれば幸せになれる。最悪、意識がなくても木皿さんのイメージさえこの世にあったらいい。才能でもなく、人柄でもお金でもなく、一番手放したくないのはこれなんだ!と気づいたそうです。お風呂みたいにほわーんとしたあったかい、のんきなイメージ。これに随分助けられてきたし、それさえあれば生きていける』と思ったそうです。そして、この時に自分なりの幸せの定義がはっきり分かったと仰ります。そして、それが、叶わなかったとしても分かった事が幸せなんだとも思ったそうです。

そして、夫婦とは大事にするから大事になる。惜しくなる。手放すなんて勿体ない、明日も1年後も、死ぬときの木皿さんですらみたいと思うとも仰っていました。

 

私は、手放すのが惜しいと思う程、夫を大事にしていないと思います。

そして、それさえあればいいと思う物も思い付きません…。

読ませて頂いて、私は良い夫婦になる為の努力を何もしていない事に気づきました。

これから、夫は何をしたら大事にされていると感じるのかを探っていきたいと思います。

今までは私がしたいことをしてきたと思います。

そして、何をしたいか。何が嫌かはつたえても、どう感じるか、そんな事を言われて悲しいとは言わないことに気付きました。

夫の言葉を本当の意味ではなく、自分が解釈したいように捉えている部分もあります。

★義理の父たちとの食事会後、私は実家に帰りたいので、車で行こうと思うと伝えました。それに対する夫の答は、場がしらける。飲まないなら、『来る意味がない』と言ったのです。

この時にかなりショックを受けましたが、本来の意味は夫がただ私とお酒を飲みたいと言っているだけなのです。

私にもまだ改善の余地がある。私は夫と仲良くやっていきたいと思っているので、その気持ちを大切にしたいと思います。